HERITAGE

TAG Heuer × Porsche
“カレラ” に魅せられた始まりの物語|前日譚#1

電気自動車レースシリーズ「FIA フォーミュラE世界選手権」に、ポルシェが参戦を始めてから、6シーズン目。

世界的時計ブランド「TAG Heuer(タグ・ホイヤー)」と強力なタッグを組んだレーシングチーム「TAG Heuer Porsche Formula E Team」として、2024-25シーズンも参戦し、5月9日現在、チーム部門でランキング首位に立っています。

2025年4月13日 ABB FIAフォーミュラE世界選手権マイアミE-Prixでの勝利に拳をあげる「TAG Heuer Porsche Formula E Team」。ドライバーのパスカル・ウェーレインが1位、チームメイトのアントニオ・フェリックス・ダ・コスタが3位についた。

そして2025年5月、ポルシェのチームを含む最先端のEVテクノロジーを搭載したフォーミュラカーと、世界のトップドライバーたちが東京・有明に集結するのをご存じでしょうか。

5月17・18日の2日間にわたって開催される「ABB FIAフォーミュラE世界選手権」のシリーズ第8戦・東京E-Prixが東京ビッグサイト周辺の公道を封鎖して行われます。

東京E-prixで市街地サーキットを疾走する〈99X Electric〉。2024年に撮影された写真だが、路面の「とまれ」を見なければ、ここが有明の公道だとは俄かに信じたい。

見慣れた東京の道を舞台に、最先端のEVテクノロジーをまみえる機会はそうそうありません。湾岸エリアとはいえ、日本のタイトな公道を平均時速230kmの速さでマシンが駆け抜けていくのです。

本戦は約1時間。スピードこそが勝負を決める短時間のレースに目が釘付けとなります。それはまさに“鑑賞”するというよりも、最新テクノロジーそのものを観客が“体感”できる貴重な舞台となることは間違いありません。

ポルシェオーナーであれば、当然「TAG Heuer Porsche Formula E Team」を応援したくなるでしょう。レースを目前に控えた今、ポルシェディーラーである EBI GROUP としても、ポルシェとタグ・ホイヤーのパートナーシップが、歴史上いかにして築かれてきたのかを振り返る良いタイミングです。

そこで本稿では「TAG Heuer Porsche Formula E Team」が誕生する前日譚として、両雄が築いてきた絆の歴史について<前日譚#1・#2>の2回に分けて解き明かしてまいります。

ジャック・ホイヤーの多大なる貢献

タグ・ホイヤーの現名誉会長であるジャック・ホイヤー氏は、ホイヤー社(創業時の社名)を立ち上げた一族の4代目で、モータースポーツの発展に多大な貢献をしてきた偉人です。この人物と功績を差しおいて、モータースポーツの歴史を語ることはできません。

(左)若き日のジャック・ホイヤー氏。

画像提供:PR TIMES
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ホイヤー社は、スポーツ競技が急速に普及し始めた1880年代から、ポケットクロノグラフを大量生産していました。その精確で信頼性の高い計時装置は、スポーツだけでなく医療や自動車、飛行機の分野にまで進出していきました。

ジャック・ホイヤー氏が4代目社長に就任すると、レースやラリー用のクロノグラフ腕時計、ストップウォッチ、ダッシュボード計時装置の開発などにより一層集中するようになります。さらにマーケティング戦略として、アマチュアレーサーからFormula 1®(以下、F1)まであらゆる形態のモータースポーツに出資・参入するように、と会社を指揮していきました。

そして1969年に歴史的な瞬間が訪れます。ホイヤー社はレーサーとスポンサー契約を結び、高級時計ブランドとして初めてF1マシンにブランドのロゴを掲示したのです。これ以降、ホイヤー社はモータースポーツ界への参入をますます加速させていきます。

フォーミュラ1にもたらした計器の革命

1971年にホイヤー社はフェラーリのF1チームのスポンサーとなり、翌年、モータースポーツに革新をもたらします。ホイヤー社の電子部門は、チームのために電子計時システム「ル・マン・センチグラフ」を開発したのです。

当時はまだ機械式ストップウォッチが主流で、サーキットではチームメンバーやその家族がストップウォッチを手に、ライバルのラップタイムを手動で測定していました。

しかしこの「ル・マン・センチグラフ」は1/1000秒単位という高精度でラップタイムを記録可能なだけでなく、複数の自動車のラップ数、最後のラップタイム、合計タイムを計時でき、その場でプリントアウトできたのです。

これをもってレースの勝利に必要な情報が、必要なときに正確に揃えられるようになりました。この技術革新はすぐに世界中のレーシングチームに採用され、モータースポーツ計時の基準となりました。

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タグ・ホイヤーは1992年から2003年までF1 の公式タイムキーパーを務めました。F1のレースにおいて一瞬の差が勝敗を分けるため、非常に高い精度の時間計測が求められます。もちろん、停止・誤作動をレース中に起こさないという“信頼”も欠かせません。

各自動車メーカーの最新技術が搭載され、進化を続けるフォーミュラマシンに対応するためには、タイムキーパーも同じスピードで進化の道を歩まなければいけません。企業としての度量が常に試されているわけです。

F1創設75周年を迎える2025年、22年ぶりにタグ・ホイヤーはF1公式タイムキーパーに復帰した。初導入される直径1.2メートルの「ピットレーンクロック」は、F1 のネットワーク化された計時システムにシームレスに統合され、すべてのサーキットで正確無比な精度を保証する。

画像提供:PR TIMES
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伝説のレースに魅せられた
2つの「カレラ」

ポルシェ〈911〉シリーズの「カレラ」と、タグ・ホイヤーのクロノグラフ「カレラ」は、そのどちらもが2社の象徴的存在です。この2つのアイコンは、モータースポーツの伝説のひとつで、冒険を好むドライバーたちに熱狂を与えたレース「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ」から生まれました。

1952年カレラ・パナメリカーナに出場したPorsche〈356 1500 S Cabrio〉

「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ」 は1950年に初開催され、そのあまりの過酷さから1955年に終わりを告げた耐久レースです。

アメリカ大陸縦断道路「パンアメリカンハイウェイ」に沿った3千kmを超える行程を5日間かけて走破しますが、道中は凹凸の激しい道で車の性能を試されるだけではありません。灼熱の日差しが降り注ぐ中を駆け抜けるため、ドライバー自身も極端な気温変化に耐えなければなりません。

すべてのドライバーが栄光を勝ち得るために、車と自身、それぞれの限界の先を目指したのです。そしてこの伝説的なレースは多くのクリエイターにインスピレーションを与えました。

腕に装着するコックピット計器
「ホイヤー カレラ」

ジャック・ホイヤー氏も例外ではありません。

1960年代初頭に、アメリカのセブリング24時間レースの公式計時を担当していた際に、伝説的ドライバー兄弟、ペドロ・ロドリゲスとリカルド・ロドリゲスの両親に出会い、件のレースについて話を聞きました。

冒険心を刺激され、そして何よりもスペイン語で「レース」を意味する言葉「カレラ」のエレガントな響きに心を打たれたジャック・ホイヤー氏は、初めてのモーターレーシングのためのクロノグラフをデザインするに至ったのです。

2022年に限定販売された「Sporty Red Edition, TAG Heuer Carrera x Porsche Limited Editions」

1963年に発表された「ホイヤー カレラ」は、まさにレーシングのロマンとスリルを捉えた、先進的なクロノグラフでした。直径36mmと少々小さめのケースに、高速走行中でも読み取りやすいミニマルなダイヤルを搭載。そしてシャープなファセットラグを持つエレガントなデザインは、サーキットのレーシングスーツから祝勝ディナーのブラックタイまで通して着用できるという画期的なものでした。

視認性とエレガンスさを徹底して生まれた「ホイヤー カレラ」は登場以来、世界のトップドライバーから“腕に装着できるコクピット計器”として愛用され続けています。

ジャック・ホイヤー氏はこれまでに「オータヴィア」、「カマロ」、「オートマティック クロノグラフ」、そして「モナコ」といった名品を発表してきました。その傑作モデルたちの中でも誰もが認める彼の金字塔は、やはり「ホイヤー カレラ」で間違いないでしょう。

パワフルなエンジンへの敬意を評した
ポルシェの「カレラ」

1954年カレラ・パナメリカーナに参戦して入賞を果たしたPorsche〈550 スパイダー〉

ポルシェの「カレラ」という名称は、1954年に〈550 スパイダー〉が「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ」の1,500cc以下のクラスで1位と2位を勝ち取り、総合3位に入賞するという大きな栄光を記念してつけられました。

その名称を最初に手にしたのは、我々が知る〈911 カレラ〉ではありません。元々は、エルンスト・フールマン博士が設計し、件の〈550 スパイダー〉に搭載した「タイプ547型エンジン」につけられたものだったのです。

タイプ547型エンジンを搭載した〈356 A Cabriolet 1600 GS カレラ〉。このエンジンの設計はF1マシンにも採用された。

このエンジンは、ポルシェの創始者であるフェルディナント・ポルシェ博士が1934年に設計した〈ポルシェタイプ60〉(VWビートル)の4気筒ボクサーエンジンの「改良」という使命のもと、生まれました。フールマン博士の研究結果をもとに、垂直シャフトを利用してモータースポーツ仕様エンジンへと改良されたのです。

ポルシェをレーシングレジェンドの地位へと導いたこのパワフルなエンジンの名称は、やがてポルシェ内では「敬称」として扱われるようになり、市販モデルである〈356Aカレラ〉の車名へと引き継がれます。

1972年10月、ポルシェはパリモーターショーで〈911 カレラ RS 2.7〉を発表しました。「レースにもそのまま参加できる公道走行可能なマシン」のコンセプトから生まれた本モデルは、2.7リッターの水平対向6気筒の空冷エンジンを搭載していました。

210馬力の出力を誇り、当時のドイツ製市販車両としては最速の時速245kmを記録に残しています。

1972 年〈911 カレラ RS 2.7〉。911で初めて「カレラ」の名を与えられた特別モデルは当初500台のみの生産予定だったが、最終的には1580台が生産された。「RS」はドイツ語で「レン・シュポルト」、すなわち「レーシング・スポーツ」を意味する。

まさに「547型エンジン」のパワフルな魂と「カレラ」の名を継ぐにふさわしいモデルと言えるでしょう。これ以降〈911〉シリーズで高いスポーツ性能を持つモデルには「カレラ」がつけられるようになりました。

そして、1984年に〈911〉のベーシックグレードが、この〈911カレラ RS 2.7〉のエンジンパワーを超えて以降、911に「カレラ」の名称が標準で用いられるようになったのです。

〈911 カレラ RS 2.7〉は、世界で初めてリアにスポイラーを装備した量産車でもある。リアエアロダイナミックウィング、通称「ダックテール」は、車重が1,000kg未満と軽かったために走行安定性を向上させるために追加された仕様。

ポルシェ × タグ・ホイヤー
記憶に残るタイムピースも登場

「カレラ」 というアイコンを生み出したポルシェとタグ・ホイヤーの2ブランドは、2021年に戦略的パートナーシップを締結し、モータースポーツの世界から製品開発まで、長期的なコラボレーションを生み出すと発表し、これまでにさまざまなコラボレーションウォッチをリリースしています。

2021年2月4日プレス向けに発表された当時の様子。

そして2023年、カレラを愛する人々に「タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント x ポルシェ」という象徴的なタイムピースを贈りました。これは、タグ・ホイヤー カレラ コレクションとポルシェ〈911〉(当時の名称〈901〉)の60周年という、お互いの大きな節目を記念して生まれた特別なモデルです。

画像提供:PR TIMES
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000391.000002796.html

タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント x ポルシェ

注目してほしいのは、クロノグラフ針のギミック。スタートすると、中央針が本来約20秒分の目盛りをわずか9.1秒で回るのです。これは、0kmから時速100kmまでの加速を、9.1秒で到達したという当時の〈901〉の記録を表現しています。

実際にこのクロノグラフ針が動いているところを見てみると、スタートから一気に針が20秒目(実際には9.1秒でそこに到達する)に進み、そこから急に針の進みが遅くなり、1周が60秒でピッタリ合うように設計されていることに気づきます。

このタイムピースは、モータースポーツへの情熱と専門性を真に象徴する品であり、時代を超えた両ブランドのコラボレーションの頂点を象徴しているように感じます。

数十年にもわたって並走しながらも、ひとつの情熱を共有してきたポルシェとタグ・ホイヤー。

後編の「前日譚#2」では、2者の架け橋となった著名レーサーや、伝説的に語り継がれる「TAGポルシェ」エンジンなどについて、触れていきたいと思います。ぜひ楽しみにお待ちください。

Words: Yuki Kobayashi / Tatsuhiko Kanno
Photographs:Porsche AG

– TEAM EBI DIGITAL STUDIO –