ポルシェのファンであれば一度は訪れたい、世界初のポルシェ公認レストラン 「The Momentum by Porsche」[ザ・モメンタム・バイ・ポルシェ]。
2022年のリニューアルで、老舗イタリア料理店タンタローバ(文京区小石川)の料理長である林祐司が総料理長に就任して以降、より特別な「食」を体験できるリストランテへと生まれ変わりました。本物・本質を知る大人たちが集まり、五感を研ぎ澄まして「食べる喜び」を享受できる、特別な空間となったのです。
ドイツ本国が認めた「The Momentum by Porsche」で、より濃密な食体験をするためにも、「食べる喜び」を追求した林総料理長の料理に対する「思想」を読み解きたいと思います。







食材を追求・厳選して生まれた
ガストロノミー・メニュー

訪れた人々の高揚感を誘うような設えへと生まれ変わった「The Momentum by Porsche」。しかし、やはり一番に気になるのは、提供されるメニュー。林総料理長のルーツは、かつて訪れて修行をしたイタリア・ピエモンテ州の伝統料理、ないし郷土料理にあります。
郷土料理の魅力といえば、地産地消と伝統性です。郷土料理は、その地で採れる食材を、その地域に合った方法で調理し、家族に代々伝わってきました。歴史と文化と地域性が融合し、醸成されて、引き継がれているのです。
しかし、「The Momentum by Porsche」は東京にあり、すべての食材において地産地消は叶いません。そこで林総料理長は、イタリアンからガストロノミー・メニューへと手法を変えることで、彼が郷土料理から学んだ「想い」を料理に徹底的に落とし込みました。
「イタリアの郷土料理では、その土地で育った食材を丁寧に扱っているので、食材の味や魅力がしっかり料理に表現されています。しかしイタリアンでメニューを構成すると、どうしても扱う食材に制約が出てしまいます。
様々な国の方が訪れる東京・汐留で『食』を楽しんでもらうにはどうしたら良いかと考えたときに、ガストロノミー・メニューならばもっと自由に、ノンジャンルに『ポルシェのブランドアイデンティティを表現する食』を追求できるのではないかと考えました。
例えばワサビや魚醤、味噌も、イタリアンではNGですが、美味しいものが見つかれば、調和するように取り入れます。自由なクリエイティビティを生かし、食材からメニューを考案していく。郷土料理のように、各地で獲れた食材の味わい・魅力をより昇華させて表現していく。それが『The Momentum by Porsche』で提供するガストロノミー・メニューのコンセプトです」(林祐司総料理長、以下同)


「もちろん、本当に美味しいかどうかも、食材を選ぶ基準の大事な基準です。しかし、それ以外にも、環境への配慮や、生産者さんの想いを現地でしっかり感じたいと考えているので、僕自身が都度、生産者さんの元に足を運び、実際に食材を手に取って味を確かめています。
そのうえで、生産者さんの想いを料理を通じて表現し、お客さまにお伝えしていきたい。ポルシェの車造りは、その素材選びや部品のクオリティまで徹底してテストを重ね、吟味を重ねて、一台のモデルとして初めて世に生まれます。
そのポルシェならでは究極のこだわりを、料理で表現していく。それがこのリストランテの役目でもあるのではないでしょうか」
アニマルウェルフェアを取り入れた
「アイリッシュ グラスフェッドビーフ」
生産者の想いを汲んだ料理の例に、冬季にSecond/メインに提供された「アイリッシュ グラスフェッドビーフ 骨付きリブロースのルスティンネッガ」をご紹介します。
「ルスティンネッガ」は、イタリア・ミラノで寒い冬によく食べられている郷土料理です。鉄鍋で牛肉に焼き色をつけた後、パプリカやニンニクなどの野菜と白ワイン、鶏の出汁を加えて蒸し煮をし、最後にバターを加えて仕上げます。

本来、子牛を使う料理ですが、「The Momentum by Porsche」で使用するのは、「アイリッシュ グラスフェッドビーフ」です。
一年を通じて気候が変わらないアイルランドは、牧草のコンディションが良く、ビタミン・ミネラルが豊富に含まれています。恵まれた自然環境のもと、年間220日以上を放牧されて育つ牧草牛は、脂に臭みがなく、肉本来の旨みを味わえるのが最大の特徴です。

「アイリッシュ グラスフェッドビーフ」を選んだ背景のひとつに、ヨーロッパにおける「アニマルウェルフェア(Animal Welfare)」があります。
これは、「人間の保護・管理下にある動物に対して、本来の習性に合った生活環境を与え、健康で快適な飼育をする」という考え方です。
元々、林総料理長は国産の牛肉を使いたいという想いはあったそうですが、この「アニマルウェルフェア」に強く共感して、「アイリッシュ グラスフェッドビーフ」を食材として扱い始めました。
リストランテだからこそ徹したい
“食材へのリスペクト”

林総料理長がイタリアの郷土料理から学んだもので最も大事なのは、食材へのリスペクトから生まれる「もったいない精神」だと話してくれました。もったいない、とは言わずもがな、食材を無駄にしないことですね。
昨今であれば、規格外製品や廃棄食材などが話題に挙がります。農業における規格外野菜は、少しでも傷があったり、サイズ・形・色・品質が農林水産省の定めた規格に適合したりしなければ、市場に流通できません。
そして、可能な限り無農薬で丁寧に育てている生産者ほど、厳しい自然環境の影響を受けやすく、規格外野菜を出しやすい状況にあります。そこで林総料理長は、郷土料理から学んだ「もったいない精神」に火を灯し、生産者の元を尋ねて、規格外野菜でも引き取りたいと申し出ているようです。
「鳥取県大山町にある契約農家で、ブロッコリーととうもろこしを中心に育てているのですが、本当にどちらも甘くて美味しい。同じ畑で育てているからか、土に戻ったとうもろこしのヒゲなどが手伝って、ブロッコリーからとうもろこしのような甘い香りがするんです。茹でてもホクホク感があって、とにかく美味しい。
前回1ケース(30株分ほど)を取引して、迷わず今回も……となったとき、先方から『すべて虫にやられた』という連絡がありました。心が折れて、生産をやめようかなんて話している生産者さんに対して、僕らができることは、野菜を引き取ること、使うこと。
『完璧な形じゃなくても良い、僕らのほうできちんと処理するから引き取らせてほしい』と願い出て、来年もう一度頑張ってほしい旨を伝えました。他にも料理人の仲間に、その生産者さんを紹介して支援をしています」


「『食』の楽しみをとことん追求するなら、食材の美味しい部分だけを厳選して提供する方法もあるでしょう。でも僕は、『The Momentum by Porsche』のような象徴的な高級リストランテだからこそ、規格外野菜でも丁寧に調理して、お客さまに野菜の本当の美味さを伝えるべきだと思います。
一方で、リストランテで扱うことが、生産者さんの自信につながってほしい。規格外野菜でも加工すれば、廃棄なんてしなくても良いし、高級店でも使うことができると知ってもらえたら……。今後、少しでも廃棄食材を減少できたら、日本の農業の明るい未来につながるのではないでしょうか。だからこそ、僕はここで生産者さんを応援したいと考えています」
野菜自らその魅力と味わいを語る
究極のバーニャカウダ

黒い陶器の上に色鮮やかに映える野菜たちは、土の上で息吹く花々のように芸術的です。
特製のバーニャカウダはコースメニューでも定番のAntipasto/前菜で、時期それぞれに旬の野菜を提供しています。色、香り、味わいなど、その野菜の「何を知ってもらいたいか?」によって一種類ずつ、適した方法で調理する林総料理長こだわりの一品です。
うま味が詰まっていてもそのままでは食せない茎の部分や、規格外野菜などは、ペースト状にして美しいリーフにかたどって焼き上げています。まるで野菜の自己紹介に耳を傾けるように、奥深い味わいをご堪能ください。
本物を追求し、感動を呼び覚ます
目に映るすべてで表現していく
取材中、数多くの生産者さんとの取組みについて、たくさんのお話を聞くことができました。
林総料理長は「The Momentum by Porsche」に合う本物の味わいを厳選しながらも、様々な食材を意欲的に取り入れています。
その様子は、まるでポルシェが様々なサプライヤーを厳選し、最高の素材を工場に集めていく様子と酷似しています。サプライヤーの中にはドイツ国外の企業もあれば、小さな町工場もあります。しかし集まるものは、すべてポルシェの一流エンジニアが認めたものばかりです。
まさに、ポルシェの「本物を追求し、多くの人々の感動を呼び、魅了し続ける」ものづくりの哲学が、日本のひとりの料理人の想いと結びつき、ガストロノミアの舌を満足させる本物の「食」を生み出しているのです。

リストランテの内装を見渡せば、その隅々まで林総料理長のこだわりが行きわたっていることがわかるでしょう。
椅子の座り心地、品書きの手触り、料理を映えさせる器など、リストランテで体験する一瞬一瞬が、訪れた人の五感を刺激してくれるのです。
ぜひこの記事を通して、それらのモノに潜む人々のストーリー、哲学に触れ、「共感」いただけると幸いです。その深い理解は、リストランテでの体験をより濃密なものとしてくれるでしょう。
つなぎ目のない
なめらかな手触りの最高峰チェア
テーブル席のラウンジチェアに選ばれたのは、広島県のマルニ木工による「HIROSHIMA ラウンジチェア」です。
まったく継ぎ目を感じない、背もたれからアームレストにかけての驚くほど滑らかなカーブは、座る人の視覚だけでなく、触覚をも刺激します。

極限まで磨き込まれた滑らかな木肌に沿って手を滑らせれば、人の手が介在した温もりと共に、精緻を極めた職人芸に触れることができ、思わず「おっ…」と声を漏らすことでしょう。
マルニ木工の創業者である山中武夫氏が確立した「木材の曲げ技術」は代々受け継がれ、現代においてプロダクトデザイナー深澤直人氏の感性と出会った末の共創により、究極のラウンジチェアとして生産されています。
マルニ木工のラウンジチェアは、ドイツ・ヴォルフスブルグのフォルクスワーゲングループ本社敷地内ポルシェ・パビリオンに隣接する、「Das Brot.」というベーカリーレストランにも導入されています。
神が集まる地・島根で生まれた
和紙の品書き
着席をしてファーストドリンクをオーダーする際に、品書きの独特な感触に気付いていただけたでしょうか。実は品書きの台紙も、メニュー表もすべて、石州勝地半紙でできています。
島根県江津市にある浜田漁港で魚介類を仕入れていた林総料理長が偶然出会ったのが、この和紙でした。江津市は室町時代から和紙が漉かれていた町であり、石州勝地半紙は、1969年にユネスコ無形文化遺産の登録(2014年に無形文化遺産保護条約登録)を受けています。

毎年12月には、和紙の原料である「楮(こうぞ)」の枝を「甑(こしき)」という大きな桶をかぶせて、4時間ほど蒸し上げ、皮を剥いでいく昔ながらの作業「そどり」が行われます。作業中は辺り一面に、甘いさつまいものような香りが漂うのだとか。
神様の集まる島根県で見つけた伝統的な和紙は神々しく、お客さまも喜んでいただけると思い、メニュー表に仕立てました。和紙独特の表情、そして触り心地をぜひお楽しみください。
器と料理でつなぐ
視覚を彩るストーリー

一皿の彩りは、その食材の魅力を雄弁に語ってくれます。そして、その一皿に壮大な物語を添えてくれるのが、器です。
器を特注した佐賀県にある「カマチ陶舗」は、有田焼業界でいち早く西洋料理向けに食器開発を始めた有田焼工房です。本場フランスを始めとする海外のトップシェフたちから厚い支持を受け、逆輸入の形で日本に浸透しました。特注の器の最終案が決まるまで、なんと3ヵ月も話し合いを重ねたようです。
「まず、最初の打合せで、『お客さまの目に、どのように料理が映ってほしいか』を尋ねられました。僕としては、国内外の生産者から届いた食材の魅力を伝えるには「自然」の表現が不可欠だと考えていました。先方も、ポルシェのリストランテと聞いて、車=『固い、冷たい』というイメージが即座に浮かんだそうで、それを和らげるための提案をいただきました。
例えば、コースの始まりから終わりまでテーブルに置かれるパン皿は、自然を感じやすい、小川にあるような小石を連想させる柄の丸い皿にしよう、など」


「他にも、土を想起させるざらついた表面の黒い器、向かい側の席から見たときに波のような有機的なラインを見せる器など、コースを通じてひとつの物語をつくることができたように思えます。器にこだわりすぎるのが良いことか、と悩んだときもありましたが、オープン後、お客さまの反応がまったく違うので、器が訴える力というものをあらためて実感しています。本当に想像以上でした」
食と空間で心を満たす
ポルシェならではの究極のおもてなし
林総料理長は、2022年のリニューアルによって「The Momentum by Porsche」を「料理だけではなく、空間すべてを楽しんでもらえるように設えた」と話しました。
そもそも、最高峰のレストランを意味するイタリア語「リストランテ」は、「リストラーレ(Ristorare)」という動詞を語源としています。これには「食事や休養で元気を回復させる」という意味があるようです。
席の間隔、照明の温もりある照度、耳心地の良いサウンド、そしてグラスをテーブルの上に置いたときの自然で柔らかな感触など、さりげないところすべてに、林総料理長が心を配っている様子がわかります。

椅子の座り心地、器の、メニューの手触り、食材それぞれの食感など、ぜひ五感を研ぎ澄ませて、空間すべてを存分に味わってみてください。ハレの日に訪れるリストランテという非日常的な緊張感の中に、そっと心に寄り添う「心地よさ」が隠れています。
そして“本物”を追求するポルシェの哲学と林総料理長の想いが交錯して生まれた至高のコースを、ぜひ心ゆくまでお楽しみください。
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日本イタリア料理協会会員、兵庫県出身。大阪あべの辻調理師専門学校卒業後、大阪で料理人として働きはじめ、その後本場イタリアの郷土料理を学ぶべく渡伊。ピエモンテ州を中心に研鑽。帰国後は東京へ舞台を移し、数店の料理長を経て文京区播磨坂で23年続く老舗イタリア郷土料理店タンタローバ料理長へ。在日イタリア商工会議所やイタリア料理アカデミーより、本物のイタリア料理を提供する店として認定される。2020年より世界初のポルシェ公認レストラン「The Momentum by Porsche」の総料理長を兼任。現在、トラットリアとリストランテの2店舗でそれぞれ独自の仕立てを表現している。

Words:Yuki Kobayashi
Photographs:SHIZUKA SHERRY / Kentaro Kumon / Shoya Kubota