「ポルシェが積み重ねてきた歴史の一部に、僕自身のストーリーを重ねる。そんな喜びを得られる車です」
愛車についてそう話してくれたのは、希代の「スピードスター」と称された、元サッカー日本代表の石川直宏さんです。

現役時代、15年間在籍したFC東京では抜群のスピードと高い得点力を武器に、チームを牽引しました。そして日本代表の国際試合では、サイド攻撃の切り札として、多くの決定的なチャンスメイクを演出し、日本全国のサポーターに強烈な印象を残しました。
引退後は、FC東京のコミュニティジェネレーターとして地域社会の様々な課題に対してアクションを起こし、地域のコミュニティ全体の成長を、サッカーを通じてサポートしています。
また、個人としても、長野県飯綱町で始めた農園プロジェクト「NAO’s FARM」の農場長として「なおもろこし」といった農産物の生産・販売のほか、農作業を通じた対話の場を提供しています。
そんな石川さんが現役時代から相棒に選んだのは、自身のスピードスターという愛称にふさわしい、快速の代名詞ポルシェでした。2010年に〈911 Turbo〉を購入してから、現在の〈718 ボクスター GTS 4.0〉まで、計4台のポルシェを所有してきたそうです。
紳士にも暴れ馬にもなる
魅力に溢れた快速ポルシェ

シックなアゲートグレーメタリックに輝く〈718 ボクスター GTS 4.0〉と共に颯爽と現れた石川さん。グレーのボディカラーに映える、ボルドーレッドのルーフとレザーインテリアの対比が都会的でジェントルな雰囲気を醸し出しています。

撮影中、「このスポーツエグゾーストは特に格好いいよね」と真剣な、でも愛情のこもった眼差しをリアマフラーに向けていました。

「ポルシェは、空力などを踏まえて緻密に設計されて、走りに特化させた車なので、やはり独特なフォルムを持っていますよね。カスタマイズやカラーリング次第で、“紳士”にもなれますが、走らせれば“じゃじゃ馬”にもなる。
なにか内に秘めているものを解放するように走り出す感覚に、すっかり魅了されました。出会った当初は、こんなにハマるなんて思わなかったですね」
速さに魅せられたスピードスター
強烈な加速感に眩暈を覚える

6気筒4.0 L自然吸気ボクサーエンジンを搭載した〈718 ボクスター GTS 4.0〉は、ポルシェらしいクラシカルな重低音を奏でてくれます。そして、ひとたびアクセルを強めに踏み込めば、一気呵成に突き抜けていくような、抜群にパワフルで気持ちの良いエンジンを積んでいます。
石川さんもポルシェに乗るきっかけは「パワフルな速さに魅せられたから」と話してくれました。
「同じ元サッカー日本代表の先輩、大黒将志さんに強く薦められて購入したのがきっかけですが、大黒さんが当時乗っていた996型の〈911 Turbo〉の圧倒的な走りを見て、本当に驚きました。
自分の車で最も印象的だったのは、二台目に購入した997型の〈911 Turbo S〉ですね。アクセルを踏み込んだときの強烈な加速感に、くらぁって眩暈を起こしたのを覚えています。僕はバイクも2台持っていますが、人馬一体になれるような車が好きなのでしょうね。
特にポルシェは、こちらのアクションに対してのレスポンスが速いから、自分で運転している感覚がとても強い。今の〈ボクスター〉は特にスピードを出していなくても、スタート直後から感じる太いトルクや、首都高などの高速道路でもタイヤが路面を食いつくようなポルシェの乗り味を十分楽しめます。
それ以外にも、ボクの車はマニュアルなんですが、スポーツモードに切り替えるとオートブリッピング機能が驚くほど俊敏に働いて、シフトダウン時に絶妙なタイミングで回転をピッタリ合わせてくれます。マニュアルミッションで、この正確さとスピードは、さすがサーキットで培われてきたポルシェの高いテクノロジーを感じられます」

愛車ともなれば、長距離運転も苦ではありません。農繁期にもなると、長野県飯綱町の標高700m付近にある農園まで、東京から往復500kmもの距離を、この愛車で行くのだとか。
「不思議と疲れないんですよ。他にも所有車はあるんですが、たまに一週間のうちに二回もボクスターで往復するときもありますよ」と、自慢げに話す石川さん。
どうやら現役時代からほぼ毎日ポルシェに乗る中で、スポーツカーのタイトな車内空間に、身体をぴたりと収める心地よさを覚えたようです。
「もはや車内は、『自分の特別空間』なんですよ。練習場や試合に向かうとき、今も仕事に向かうとき、仕事へのモチベーションを高めたり、心を整理したりします。そんな濃密な時間をポルシェとともに過ごしているので、一台一台への思い入れは自ずと強くなりますよね。
だから初めて購入した〈911 Turbo〉から今まで、その当時乗っていた頃の思い出を、良いものも悪いものもひっくるめて思い出します。もう単なるモノ、車じゃないんですよね」

引退の契機となった左膝前十字靭帯を負傷した当時も、ポルシェ三台目〈981 Cayman GT4〉のマニュアル車を運転し、「ケガした左足で、叫びながらクラッチを踏んで、帰宅しました。さすがにこれ以上運転してはいけないと、泣く泣くその車を手放しました。」と懐かしそうに話してくれました。
車の性能を直に感じたサーキット
人と車が対話をする感覚

そして〈718 ボクスター GTS 4.0〉を手に入れたことで、石川さんは現役時代に恋焦がれていたサーキットでの走行をとうとう実現させました。富士スピードウェイで、2021年にサーキットデビューを果たしたのです。
低負荷時には、気筒休止システムによって3気筒でセーブされているボクサーエンジンも、当然サーキットでは6気筒が全開になり、タコメーターの針は一気にレッドゾーンまで跳ね上がります。愛車のポテンシャルをすべて解放できるシチュエーションに、大のポルシェ好きとしては武者震いを覚えるでしょう。
しかし、その感想は意外にも「怖かったですよ」。どうやら、その恐れはスピードよりも自身への情熱に向けられたもののようです。
「現役時代は、ピッチで相手が目の前にいれば全力で抜きにかかりますが(笑) 公道を走る際の踏み込みを3、4割としたら、サーキットでも7、8割にセーブしてしまう自分がいました。
サーキットではミッドシップボクサーエンジンならではの低い重心とバランスによって、路面にへばりつくように曲がります。また、かなりスピードが出ている分、ステアリングレスポンスが物凄くダイレクトかつ俊敏に感じられて、より車を乗りこなしているような強い感触を覚えたんですよね。
自然と、スピードを出すこと自体よりも、車の高いポテンシャルを引きだしたいという意識が芽生えました。だから、ここで自分にスイッチが入ったら、どこまでも追求してレースに出たくなっちゃうだろうな、だからセーブしておこう、みたいな(笑) 」

プロドライバーである大草りきさんとの同乗走行をした際も、コースのライン取りやブレーキングなど、プロの技とそれに完璧なまでに呼応する愛車の動きに感動すら覚えたようです。
「改めて、公道からサーキットの全開走行まで、何のパーツも変えずにそのまま走れてしまう、ポルシェの底知れないポテンシャルを感じましたね。それに、プロのレーシングドライバーが車と対話するように走っているのが何よりも印象的でした。
例えば、ストレートからコーナーへの進入時に、ブレーキをベタ踏みしたら、荷重がこう掛かって、ステアリングをこのくらい切ってアクセルを入れていくと、徐々に車体が滑り始める。それらの挙動すべてをドライバーが感じ取りながら、丁寧に操縦をする……。
車に意思があるとしたら……りきくんの運転に、“これこれ!これを待ってたんだよ!”と、車が表情を変えて全力で応えるような(笑)僕はまだまだ乗せられているんだな…、とも感じました。
だからこそ、自分ももっとこの車と対話してみたいという気持ちが育ってしまう。それが、僕がポルシェにハマる理由なんだと思いますね。こういう車に出会えたのは本当に嬉しいです」
同じポルシェ愛好家だからこそ深まる
EBI GROUP との縁
EBI GROUP は、石川さんの三台目の愛車〈981 Cayman GT4〉より関係を築いてまいりました。当時ポルシェセンター目黒でセールスとして石川さんを担当した佐々木ヨハネス陽一は、現在、PORSCHE PROとしてポルシェスタジオ銀座に在籍し、ストアマネージャーを務めています。
二人はプライベートでサーキットにも一緒に出かけるなど、親交を深めているのだとか。すると、石川さん自身、ディーラーのいち担当と深く付き合うのは実は初めてだと明かしてくれました。

「もちろん、これまでの他社ディーラーの担当者さんも真摯に対応してくださいました。
ヨハネスくんはその深い知識から、様々な提案をしてくれるので、とても勉強にもなるし、安心感もあります。ただ、彼とは様々なご縁でのつながりが強い印象ですね(笑) 実は僕の一番下の弟(三男)とヨハネスくんは同じ高校のサッカー部。先輩後輩の関係なので、もちろん地元も近くて、年末も一緒に飲んだほど。
でも、ここまで関係を深められたのは、互いにポルシェの愛好家という点が大きいと思います。オーナー同士もそうですが、ポルシェを愛して乗っている方には、どうも絆のようなものを感じてしまいます。
EBI GROUP のオーナー向けのクリスマスイベントに参加させていただいた際も、一時的な付き合いではなく、永く関係性を築いていけるような……何かこう、大きな一つのファミリーのようなアットホームな空気を会場で感じました。
ポルシェはまさに人の感性に訴えかけるような、『素』の自分をさらけださせる車です。だから、その感覚を共有できる愛好家に対して、『同志』のように感じられるのかもしれませんね」
愛車から得るモチベーション
新たな価値と想いを生み出すイノベーション
取材時、石川さんの心の底から湧き出るような笑みに、思わずこちらの顔がほころんでしまう場面が多くありました。そのエネルギッシュに活動する姿に、活力をもらう人も多いでしょう。
引退後、チームで個人で、地域社会の様々な課題に対してアクションを起こす上で、どのようにしてモチベーションを得ているのか伺ったところ、「ポルシェから得る感情的なものは本当に大きい」と話してくれました。

「僕は活動をする上で、いつでも自然体でありたいし、ありのままの自分を見せることを大事にしています。ただ、意外と、人が自然体で居続けるのは難しいですよね。だからサッカーでも、農業でも、僕自身が素であり、相手の素を自然と引きだし、互いにフラットな関係性をつくる『場づくり』を常に意識しているんです。
その点で、車がインスピレーション源になっているように思います。特にポルシェは、運転しているとエンジン音なり、アクセルフィーリングなり、速度を出さなくても、感性に訴えてくるものがありますよね。それを余すことなく享受しようとすると、自ずと素が滲み出てきます。
むしろ、自然体じゃないと、それらのメッセージを受け取ることができず、車の操作がぎくしゃくしてしまう。素直になれば、車も応えてくれる。だから、ポルシェに乗ってモチベーションを高めて、活動に臨むんですよね」

石川さんが仕事をする上で、大切にしているのは「ストーリー」。
愛車を通じて、ポルシェが積み重ねてきた歴史の一部に、石川さん自身のストーリーを重ねるように。石川さんは「重なり」を活動に取り入れ、広げていくことで、人々の心を揺さぶるような機会を生み出していました。
例えば、NAO’s FARMでは、なおころもしの定植や田植え・稲刈り体験や小学生向けのサッカークリニックを含む「NAO’s FARM CUP」を開催し、異なる専門性、立場、背景を持つ人たちと、サッカーや農を通じて関係性を深め、大人も子どもも共に楽しめる場づくりをしています。
FC東京のコミュニティジェネレーターとしては府中刑務所と取組み、「You’ll never walk alone」(共に歩もう)をメッセージに掲げ、犯罪・再犯防止に向けて、地域社会との新たな繋がりを生み、対話を通じてアクションしていく機会を模索しました。
そして2024年8月に、手作りしたFC東京の赤青カラーの竹製ゴミ拾い用トングを、受刑者から受け取りました。そのときに出会った表情を「忘れられない」と石川さんはご自身でのSNSでも発信しています。
「僕にとってサッカーというのは、自己表現手段のひとつです。現役時代には試合を通じて、応援してくれた人々と共に、様々な感情を抱き、心が揺れ動く“瞬間”をつくってきたと思っています。その心の揺れ動きは、新しい情熱への原動力になりえると考えています。
サッカーや農業などを通じて、地域社会と繋がっていくことで、どんな新しい価値や、エモーショナルな瞬間が生まれていくのか。どうすればその新たな価値や想いを人々に共有して、深めて、広げていくことができるのか。そんなことを考えてアクションをしていくのが、自分の仕事であり、僕が生きていくモチベーションでもあります。
でもまぁ、いちばんの根本は自分が『ワクワクできるか、楽しいか』なんですけどね。僕が『素の自分をさらけ出せる場所』をつくって、なかなか一歩を踏み出せない人と一緒に足踏みをしながら、ワクワクを生み出していきたい。
より人々が元気になってほしい。こういう世界があるんだなって伝えたい。
その想いを、サッカー、農業、そしてポルシェと共にある自分のライフスタイルを通じて、今後も示していきたいです」

今後もポルシェと共に、その素敵な笑顔で地域社会を、人々を元気にしていただきたい。石川さんが颯爽と〈ボクスター〉に乗って走り去る後ろ姿に、そんな祈りを込めてしまいました。
#LOVE PORSCHE では、今後もポルシェを愛するオーナーさまにお話を伺います。
ポルシェと出会ったときの衝撃、深まっていった想い、そして愛車とともに紡いでいく物語など。オーナーさまと愛車の間で結ばれた深い縁について迫りたいと思います。ぜひ、愛するポルシェとあなただけの物語をお聞かせください。
石川直宏
元サッカー日本代表
NAO’s FARM農場長
2000年横浜F・マリノスでJリーグデビュー。2002年にFC東京へ移籍し、2003年から2004年にかけてはアテネオリンピックを目指すU-22日本代表とA代表の両方から招集を受け活躍。度重なる怪我を乗り越えて、圧巻のプレーと爽やかな笑顔でファンを魅了し続け、2017年に引退。現在はFC東京コミュニティジェネレーターとして組織の一体感の醸成や地域・社会とのつながりを生みながら、東京と長野を頻繁に往復して農業に挑戦中。

Words: Yuki Kobayashi
Photographs:SHIZUKA SHERRY