ポルシェセンター青山 世田谷認定中古車センターが、日本のポルシェ クラシック パートナー第1号店としてスタートして、今年で10年。前編では、 EBIグループのクラシックビジネスを代表する平林裕昭、菊池剛、田中大輔の3名を囲んで、これまでの軌跡を振り返りました。
そこで繰り返し語られてきたのは、世代を超えて受け継がれ、愛され続けているクラシックポルシェと向き合うためには「お客さまの想いごと受けとめ、応える姿勢と心構え」が欠かせないということ。
クラシックパートナーの役目は修理・整備点検に留まりません。人と車をつなぐ架け橋となり、クラシックポルシェの物語を語り継いでいく“語り部”ともなるのです。
今回の後編では3名のエキスパートたちがお客さまとのストーリーを通じてクラシックパートナーとして感じた課題、そしてクラシックが進むべき航路に迫っていきたいと思います。
統括部長 ポルシェクラシック営業責任者
日産ディーゼル工業、千葉のディーラーを経て、2000年よりEBIグループにてポルシェの新車販売に関わる。2023年より世田谷にてクラシックを含む販売部門の統括を担っている。
ZPT Level Gold テクニシャン
日産プリンスを経て、1990年よりミツワ自動車へ入社。。以降、ポルシェのメカニックを35年にわたり担当。ドイツ本社に招聘され、若手への技術指導を行うほどのスキルを誇る。
クラシックアドバイザー課
1995年に国産ディーラーから、ミツワ自動車へ転職。以降、パーツスペシャリストとして現行モデルからクラシックまで、あらゆる年代のポルシェの部品を取り扱う。
ポルシェ クラシック パートナーとは
ポルシェAGに認定された、クラシックポルシェの販売、修理・整備点検、レストアを担うポルシェセンター。ドイツ本社が認める認定技術者のほか、約8万種類を超える純正パーツの知識をもつ部品販売コンサルタント、クラシックポルシェを専門とする認定サービスアドバイザーが在席する。日本では4店舗のみが認定されている。
クラシックポルシェが持つ「物語」
クラシックポルシェには並みならぬ情熱と時間を注ぐオーナーが多いもの。だからこそ、クラシック専任のメカニックである菊池は、車と向き合ったときに「自然とオーナーと車との物語が浮かび上がってくる」といいます。
外観を美しく保ちたい方や、走りを重視される方など、いずれの方も強い想いがあるからこそ、その乗り方・使い方が車の節々に現れるそうです。
しかし、手を掛けた車ほど、主人よりも長生きすることとなります。パーツスペシャリストの田中は、世田谷にも車両オーナーのご家族の方々がお見えになることが多いと話します。
「車を売却するかどうかというよりは、家族が車を引き継ぐべきかという相談にいらっしゃいます。クラシックカーならではの運転や維持の難しさ、ポルシェの伝統の重圧に悩むようです。そのようなお話を伺うたびに、ポルシェはオーナーさまだけでなく、ご家族にとって車以上の存在なのだと改めて実感させられます」(田中)
主人不在で眠っていたナロー
平林も、10年来のお客さまとそのご家族の物語を紹介してくれました。ポルシェセンター目黒で新車販売を担当していた当時、平林と同じ911のナローに乗られていた老齢のお客さまと意気投合したそうです。
「当時からお孫さんにナローを渡すか、新車モデルを購入するか悩まれていて、来店されるたびに相談を受けていました。ご連絡が途絶えて気になっていたところ、先日、ご家族の方が世田谷にお見えになられ、その方が亡くなられていたことを知りました」(平林)
話を伺うと、何度も家族で話し合われた末に、お孫さんがナローを受け継ぐ決意を固めたそうです。再び元気よく走らせるため、整備引き取りでに平林がご自宅に伺って試しにエンジンをかけてみたところ、ナローはその力強いエンジン音を響かせました。
「主人を失って以来、埃だらけになって眠っていたナロー。息を吹き返したときには、立ち会われていたご家族の方々も涙されていました。今そのナローは世田谷工場でお預かりしています」(平林)
こうしたエピソードが示すように、クラシックポルシェは車ごとに物語があり、人々の想いが詰まっています。だからこそ菊池は、クラシックパートナーにおいて最も大切なのは「受けとめる姿勢」だと語ります。
「クラシックビジネスを支えるのは技術だけではありません。誠実に向き合い、オーナーやご家族の想いを受けとめる“姿勢”が一番大切なのです。アドバイザーがお客さまの想いやリクエストをきちんと受け止められるかどうかで、その後の信頼関係は全く変わります」(菊池)
クラシックビジネスにおける特性と課題
正規のポルシェディーラーであるEBIグループは、最先端の技術を内包する電動自動車や、伝統と革新の体現者である911シリーズの魅力を伝える代弁者として、その役目を担っています。そして10年前、日本初となるクラシックパートナーに認定され、第3の柱となるクラシックビジネスを世田谷認定中古車センターで展開してきました。
しかし、周りを見れば「職人の老齢化や後継者不足に伴い、都内でもクラシックカーを扱う工場がかなり少なくなってきている」と菊池は話します。そのため、正規のクラシックパートナーの看板を掲げる世田谷は、クラシックポルシェオーナーにとって駆け込み寺となっているのです。
この10年でクラシックポルシェの地位が向上し、需要が増えてきた一方で、現場は「まだまだ超えるべき課題が多く、お客さまの期待、熱量に応えられるほどの体制が整っていない」と平林は指摘します。
「菊池や田中は、クラシックポルシェを現行モデルだった時代から見てきて、オーナーの想いに触れ続けてきたので、車を預かる責任の重さを日々感じています。ただ、その感覚を後進のスタッフたちに感じてもらうことは容易なことではない」(平林)
平林が懸念しているのは、EBIグループにおけるクラシックビジネスの後継について。10年という月日を経て、希少なクラシックビジネスにおける課題がより明らかになってきたようです。
難題だらけの後継育成
課題のひとつに挙げられるのが、クラシック専任メカニックの後継です。そもそも世田谷のクラシック専任メカニックは、菊池を含めた3名体制でスタートしました。開業当時、手が空いたときは現行モデルの整備も行っていたものの、だんだんとクラシックビジネスが軌道に乗ると本来の専任体制となり、菊池は現場を通じてドイツ本国で学んだ技術の継承を行ってきたそうです。
しかし、そもそも人手不足のメカニック人材。その中でもEBIグループのクラシック専任者はほんの一握りですが、2025年11月時点で世田谷に常在しているのは菊池を含めて2名となり、スタート直後よりも増えるどころか減ってしまいました。
そのため、菊池は現行モデル担当のメカニックたちに対して、3ヵ月スパンでクラシックポルシェの修理、整備・点検のコーチングを行い始めました。ゆくゆくは世田谷以外の他の拠点からの希望者を受け入れ、技術を共有する仕組みを広げることも視野に入れているようです。
再び歩き始めた技術継承への道筋。菊池は「まだスタートしたばかり」と釘を刺しながらも、これからに意欲を見せています。
「クラシックポルシェは手、感覚、そして経験で直すものなので、やはり年数を重ねなければいけません。残りの時間で自分がどれだけのことを伝えられるのか。お客さまの高い期待に応えるためにも、現場と技術継承、どちらも手を抜かずに進めたいですね」(菊池)
クラシックビジネスと運営効率
さらに見えてきたのは、クラシックビジネスと通常の新車/中古車ビジネスにおける特性の違いです。至極当然ですが、企業は効率性を重視します。サービスセンターであれば、リフト数に対しての回転数を上げ、効率的に売上を重ねていくのがビジネスとしての最適解です。
メカニックも当然、クオリティを向上させながらできるだけ多くの台数を受け入れるように努めます。そうすればお客さまをお待たせせずに、満足のいくサービスを提供できるからです。しかしクラシックビジネスにおいては「効率以上の価値提供が求められる」と菊池は話します。
「世田谷には多くの方が“ここなら任せられる”と、厚い信頼が寄せられています。それは我々が時間をかけて、車の状態だけでなく、車の背景や使い方、オーナーさまご自身、ご家族の状況まで解読して、整備にあたっているからです」(菊池)
「菊池はもはやメカニックではなく、ドクターなんです。お客さまがわざわざ説明しなくても整備が必要な箇所を感じ取り、判断し、提案します。その細かな配慮が積み重なり、信頼と結びつき、お客さまが世田谷に預ける理由となっているのです」(平林)
“頼れるところはもうここしかない”。そんなお客さまの声に応えようと、世田谷は定休日を設けずに車を受け入れています。しかしクラシックポルシェの工期は長く、リフトを1ヵ月以上も独占する車も少なくありません。また、安全の保障と後進育成のために、今は一通り工程を終えた後にもう一度見直すという手間をかけています。
ややもすると非効率とも評価される運営体制を続けてきた世田谷ですが、それでも国内のポルシェセンター屈指の販売、及び整備数を誇る巨大店舗です。厚い信頼を受けて「購入するなら菊池さんから」と、中古車だけでなく新車の年間紹介台数もトップクラス。
「他のポルシェセンターでもポルシェを購入できますが、私たちが語るクラシックポルシェはここ、世田谷にしかありません。新しい車に乗られている方に、古い車の魅力を伝えるのも私たちの仕事なんです」(菊池)
クラシックビジネスが始まって早10年、とはいえ“まだ”10年。日本でのポルシェ文化をより深く日本に根付かせていくには道半ばであり、将来文化の担い手である後進を育てるには「まだまだ私たちが最前線に立たなければいけないでしょう」と菊池は笑みを浮かべていました。
プロフェッショナルとは何か
課題は山積していますが、世田谷のクラシックパートナーがお客さまに評価されてきた背景に、クラシックについて知り尽くした平林、菊池、田中の存在があります。彼らは、EBIグループ のクラシックビジネスにおいて誰もが認める、ポルシェの“プロフェッショナル”です。
しかし“プロフェッショナル”と一口に言っても、その境地、矜持、流儀はそこに辿り着いたものでないとわかりません。編集部が「プロ中のプロとなるにはどうあるべきか」と3名に問いかけてみたところ、菊池が「自分のバックボーンを形成できているかどうか」と話し始めました。
「表面的な、教科書通りの知識を並べても誰の心にも響きません。メカニック、パーツ担当、セールス……どんな職務でもプロとしてのバックボーンをつくるのは、その人自身が現場でお客さまや難しい課題と真摯に向き合い、深く接してきた経験です」(菊池)
「バックボーンができれば、自らが“語り部”になることができます。クラシックビジネスにおいて言えば、貴重なクラシックポルシェに乗るオーナーに、車の魅力をあますことなく伝え、その人に合う形でそれを披露し、夢や勇気を与えること。それをできるかできないかが、プロとしての分かれ道だと思います」(平林)
お客さまとその車と対峙する時間が濃密なほどに、その口から語られるポルシェの物語には実感がこもり、感動を呼びます。それはこの座談会を通じて、我々も体験することができました。さらに田中は、ポルシェの将来を見据えて、後進にメッセージを贈ります。
「我々はエキスパートと呼ばれても、ただクラシック車両と意識せずに、同じ車を昔から今まで扱ってきてきただけ。反対に言えば、BEVについては学んでいかなければいけません。エキスパートを目指したいなら、BEVでもエンジンでも、クラシックでも徹底して知識を高めて、とにかくお客さまとお話をして経験を積んでほしい。自分なりの“ポルシェ観”を築き上げ、物語として伝えていけば自ずと結果が紐づいてくると思います」(田中)
まだ見ぬ未開の海原へ
3名との座談会を通じて、クラシックビジネスにおける、効率性や収益性といった数字では語りきれない、人間の営みの尊さに触れることができました。
戦後復興と技術革新を背景に製造されてきたクラシックポルシェは、量産時代を超え、消費社会を生き抜き、オーナーたちの人生と記憶を宿しながら、物語を紡いできたのです。その物語は、3名のような語り部がいなければ、古い民話のように忘れ去られてしまう儚いもの。語り継がれていけば、次の世代の心を動かす“羅針盤”になるでしょう。
クラシックポルシェの物語を、未来へとつないでいく果てしなき航路の行き先は、ポルシェに携わるすべての人たちに託されているのだと改めて感じました。クラシックポルシェの物語に興味がある方はぜひ世田谷を覗いてみてください。人生の彩りを豊かにする出会いが待っているかもしれません。
Words:Yuki Kobayashi / Tatsuhiko Kanno
Photographs:Shizuka Sherry