ポルシェではお客さまの理想の一台を叶えるために、豊富なカスタマイズ・オプションを揃えています。
Paint-to-SampleやExclusive Manufaktur、Sonder Wunsch(ゾンダーブンシュ)といったオーダープログラムでは、発注者自身でポルシェのプロフェッショナルと手を組み、唯一無二の一台を創造することができます。
しかしカスタマイズには、オーナーのアイデンティティが投影される一台とは別に、ポルシェ自身がブランドヘリテージ をイマジネーション・ソースにして創る、いわゆる“メーカー・カスタマイズ”のような立ち位置の車があります。一般とは異なるラインで限定数量で生産されるため、日本でも一部の幸運な方しか手に入れられない特別な車です。
その中でも、ポルシェスタジオ銀座ストアマネージャーでもあり、ポルシェプロである佐々木ヨハネス陽一が「特にスペシャルで、ポルシェ渾身の一作」と評する車があります。
2023年に911生誕60周年を記念し、1,963台限定で生産されたアニバーサリーカー、911 S/Tです。
この希少な車にどのようなポルシェの技術と想いが注ぎ込まれたのか。
ポルシェプロとして最新のBEVモデルに精通しながらも、プライベートではサーキットで愛車911GT3(996後期型)を巧みに操る佐々木ヨハネス陽一と読み解き、オーナーの創造の“ヒント”としてお届けしたいと思います。
また、911 S/Tを手にしたオーナー様よりこの貴重な車をお預かりすることができたため、今回、本記事のための撮り下ろしが叶いました。
美しい911 S/Tとポルシェスタジオ銀座のコラボレーションも併せてお楽しみください。
ストリートを走る俊敏なアスリート
ポルシェプロ佐々木いわく、そもそも911 S/Tは、911 Sをルーツとした車だそう。これは1960年代後半に、ワークスドライバーやプライベートチームのために911 Sをベースにして二十数台だけつくられた競技用ベース車両である911 S<社内名称911 ST>のことです。
911 S(ST)は、1960年代後半より開発されて以降、徹底的な軽量化対策が施されてきました。そしてFIAグループ3規定に適合させた新モデルは、1970年1月にモンテカルロラリーで勝利を納めます。生産期間は約3年と短く、モータースポーツに特化したモデル(M471)へとバトンを渡しますが、ポルシェのレース史上、レジェンダリーなモデルだったことは間違いありません。
その精神を引き継いだ911 S/Tだからこそ、992.1をベースに、GT3 RSと同じ386kW (525PS)のパワーを誇る自然吸気4.0リッター水平対向6気筒エンジンを搭載し、100km/hまでの加速を 3.7秒でこなします。
トランスミッションは6速マニュアルのみという潔さも特徴的です。一見、サーキット仕様の車かと思いきや、ポルシェプロ佐々木ヨハネスは首を横に振ります。
「GT3系がサーキットを中心に考えられたモデルだとすれば、911 S/Tはストリートを軽快に楽しく走るための911と言って良いでしょう。しかしそのパフォーマンスを侮ることはできません。
見た目はGT3ツーリングとほぼ同じですが、“軽さ”と“ドライバーとの対話”を追求するために、敢えて快適装備や電子制御を削ぎ落とし、“アナログ”化しています。その徹底ぶりは、まるで試合を目指してピーキングするアスリートのようです」(以下、佐々木)
例えばシートは、路面からのフィードバックを漏らすことなくダイレクトに伝えるために、フルバケットシートが標準装備となっています。快適性は二の次で、「純粋に走りを楽しむ」コンセプトに実直なのだとわかります。
軽量化こそが“善”
911 S/Tを語るうえで欠かせないのが、“徹底した軽量化”だと佐々木は話します。
「そもそも軽量なGT3ツーリングと比較しても、911 S/T はさらに約40kgもの軽量化を実現しています。数字だけを見ると小さく感じるかもしれませんが、同形状のスポーツカーで40kgを削ることは容易ではありません。また運転したときの軽快さでも、明らかに差を感じられます」
軽量化のために、ポルシェは考え得るあらゆる手段と技術を投入したという。
フロントボンネット、ルーフ、フロントフェンダー、ドア、ロールケージ、リアアクスルのスタビライザーなどの大部分に軽量の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を、フロントからリアまで全ウィンドウに軽量ガラスを採用し、断熱材や遮音材は削減。外側からは見えない部分までこだわり抜き、軽量化に貢献しているのです。
さらに、GT3では標準装備されるリアアクスルステアリングも、911 S/Tには搭載されていません。一般的には旋回性能や高速安定性を高める有効な装備ですが、S/Tではそれによる重量増や電子制御による介入を嫌ったようです。
「普通なら付けた方が性能は上がります。でも、S/Tはそういう考え方じゃない。軽快さとダイレクト感を優先しているんです。遮音材の有無もまた象徴的ですよね。
サーキット仕様のGT3も“軽量化”が常に開発テーマにありますが、オーナーがサーキットまで公道を自走する背景を鑑みて、実はGT3には遮音材がしっかりと組み込まれています。しかし911 S/Tにはそれが無い。もちろん走っていて、うるさいですよ(笑) 。しかし、いかに911 S/Tが潔く、公道を走る楽しみのために実用性を捨てたのかがわかります」
佐々木の言葉からは、ポルシェ開発陣の徹底した思想が見えてくるようです。
便利、安全だから付ける。速くなるから付ける。
そうした足し算ではなく、本当に必要なものだけを残す引き算の哲学と走りの美学。それこそが911 S/Tの本質にあるのです。
目指したのは「速さ」ではなく「感動」
軽量化と走りに特化した車だからこそ、佐々木は「一般道での走り心地は決して良くない」と苦笑を漏らします。
例えば、軽量シングルマスのフライホイールは鋭いレスポンスを得られる一方で、回転の上がり・落ちが非常に速い特徴があります。回転が急落するとパワーバンドから外れやすく、丁寧なクラッチ操作が必須になるため、街中のストップ&ゴーや坂道でエンストしやすいという難点が…
しかし、それはすべて“意図的”に仕組まれたものでもあると佐々木は話します。
「家を出て、すぐに箱根やいろは坂へ向かって、ワインディングでの走りにすべてを懸け、帰ってくる。そんな使い方を想定しているのが、911 S/Tなんです。
そのキャラクターを明確に主張している、“スパルタン”な車。だからこそ一般受けはせず、多くのスポーツカーを乗り継いで、まだ物足りなさを感じているような究極のスポーツカー好きの方、いわゆるエンスージアストにのみハマる車だと思います」
911 S/Tのパッケージはどれもが、ドライバーに刺激を与えるためのものだと言えるでしょう。エンジンの高回転域を使い切れるように、ギア比はショートに設定され、法定速度内で「回して楽しい」体験を実現。さらにステアリングもクイックで切れ味が鋭く、タイトなコーナーでのダイレクトな操舵感は、他の911では味わえない高揚感を得られます。
何十年にも積み重ねてきた車の快適性や電子制御などの技術をすべて解放し、“真なる”人馬一体を体感できる究極的なメーカーカスタマイズだと改めて感じられます。
なぜ911 S/Tだったのか
しかしなぜポルシェは、このような車を世に送り出したのでしょうか。時代を逆行するとも捉えかねられない911 S/Tを目の前にして、そんな疑問すら浮かびます。
当然、60周年の前には、40周年記念モデル、50周年記念モデルが存在しました。しかし911 S/Tは前作の2つと比べると、アナログながらスペックやクオリティにおいて突出した印象を受けます。
そんな疑問に、佐々木はぽつりと呟きます。
「おそらく、ポルシェにとって、こういう車を作れる最後のチャンスだったんじゃないでしょうか」
近年強化され続ける排出ガス規制や騒音規制。車づくりにおいては必然となった電子制御や、モビリティそのものの電動化する流れなど。こうした現況を踏まえると、911 S/Tのようなアナログなスポーツカーは今後ますます生産が難しくなっていきます。
「ポルシェの車づくりの思想の原点は、軽量でエネルギー効率に優れている車づくり。911 S(ST)が登場した1960~70年代には、技術者がその手で伝説的な車を生み出し、人々の期待に応えてきました。
そんなレジェンダリーなモデルにオマージュを捧げたくとも、当時をそのまま再現したくても、コンピューターが主導権を握り、法規制、価値観、路面状況など環境も変わった今、当時の感動をそのまま再体験するのは、現実的に叶いません。
それでも、何十年にもわたって積み重ねてきたポルシェの知見と最先端の素材、そして現代の感性をもって再現したら、どんな車が生まれるのか。成し遂げた先に、どのような感動が生まれるのか。そんな現代の技術者のものづくりに懸ける情熱や浪漫のようなものを、911 S/Tから感じられるんです」
これはあくまで佐々木の個人的な見解に過ぎませんが、その推察には強い説得力があります。
最新かつ先進技術によってスペックを競う現代だからこそ、人の手の介入が見える911 S/Tは異彩を放ちます。それは60年にわたる911の歴史を凝縮し、根幹にある「運転する歓びとは何か」を改めて問いかける一台と言えるでしょう。
このモデルが発売された2023年は奇しくも、911誕生60周年とポルシェ75周年の2つの節目が重なった年。この純粋なドライバーズカーは、現代のポルシェからの過去への宣言であり、そして同時に、これから失われていくかもしれないアナログなドライビング体験を未来へ語り継ぐための“贈り物”なのかもしれません。
ポルシェが贈る2つのカスタマイズ
ポルシェは創業時からカスタマイズ文化を大切にしてきたメーカーです。
911 S/Tには膨大な開発思想と技術、そして歴史への敬意が詰め込まれていました。それは、ポルシェの「ものづくりへの思い」を忠実に作り上げた、“メーカーによる究極のカスタマイズ”を実現する貴重な車です。それを手にすることができた幸運なオーナーは、ポルシェが創り出した壮大な夢と究極的なドライビング・プレジャーに浸ることができるでしょう。
一方で、オーナーご自身が、自分好みの夢を生み出すこともできます。
Exclusive ManufakturやSonder Wunscheで、オーナーが一大プロジェクトの発注主となり、ポルシェのプロフェッショナルを巻き込んで、唯一無二のポルシェの創造と育成に携わっていくことができるのです。これ以上の貴重、かつ価値ある体験はないでしょう。
911 S/Tなどの特殊かつ希少な車両に日々触れているEBIグループでは、オーナーさまの創造を手助けするために、その広い知識をもって様々な角度からカスタマイズをご提案できます。
また、オーナー様自身が各店舗に不定期で展示されているレジェンダリーな車に触れれば、ご自身の中に眠る豊かなイマジネーションと想いがきっと溢れてくるでしょう。その想いの具現化を、EBIグループがお手伝いします。
Words:Yuki Kobayashi / Tatsuhiko Kanno
Photographs:Doshi Hirata